こんにちは。東京のひとです。
「冤罪」という言葉を、自分に関係あるものとして意識したことがある人は少ないのではないでしょうか。
普通に生きている市民にとって、犯罪とはどこか遠くの、自分とは無関係な世界で起こるできごとです。私もそういう平和な感覚でこれまで生きてきました。
しかしこれから紹介する4冊を読んで、私の認識は完全にひっくり返されました。
冤罪は私たちの問題
日本という国は、好むと好まざるとに関わらず、全く無実の人があらぬ疑いをかけられ、留置所で何週間も(場合によっては数百日)拘禁され、場合によっては有罪判決を受けて刑務所にいれられてしまう、そういう国なのです。
こう話しても、まだ「そうはいっても、捕まるのは何か疑われるようなことをした人だけだろう」と思われる方もいるかもしれません。
以下の4冊には、このような人が出てきます。
- 自営業の男性。夜勤に備えて2階で仮眠を取っていたら1階から出火、消防の鑑定に反し2階から出火したことにされ逮捕・起訴(『雪ぐ人 えん罪弁護士 今村核』)
- 母親。幼い長女がベビーベッドから落下する事故が起き、救急車を呼んだら虐待を疑われ逮捕・起訴、一審で有罪判決(『私は虐待していない』)
- 国家公務員。架空の不正事件で逮捕・起訴、公判中に検察が証拠を捏造していたことが発覚し、検察に逮捕者が出て無罪判決(いわゆる郵便不正事件、『無罪請負人 刑事弁護とは何か』)
以上の例は、残念ながら全く特殊な例ではありません。
冤罪被害者の証言に共通しているのが、「警察に無理やり自白させられそうになったけれど、何とか耐えた」という証言であるため、
こうした「冤罪が発覚した例」の影にははるかに多くの「発覚はしていない冤罪」があるとみられるからです。
つまり、「冤罪はごく一部の特殊な人の問題」ではなく、あなたを含む私たち全員の問題だということです。
では、今の日本社会での冤罪の実像を描き出す4つの書籍を紹介します。
冤罪について考えるときに読むべき4冊の書籍
①亀石倫子著『刑事弁護人』
1冊目は亀石倫子氏の著書『刑事弁護人』です。
はじめに断っておくと、直接冤罪を扱った本ではありません。それでも弁護人の重要な信念が込められていた本でしたので紹介します。
亀石倫子氏は、大阪弁護士会所属の弁護士*1で、
奈良県警GPS捜査の違憲判決*2で主任弁護士をつとめました。ちなみに2019年の参院選で大阪選挙区から立候補しましたが落選しています。そちらで名前を聞いた方も多いかと思います。
本書はGPS事件について、弁護人として受任してから最高裁判決が出るまで順を追って書かれたものです。
今が緊迫した状況であることは弁護団の誰もがわかっていた。それでも、なかなか執筆が進まない。亀石はそんな状況を見て焦りと苛立ちを覚える一方で、信じてもいた。
(昔から、この連中はやるときはやる。期限には必ず間に合わせてくる。絶対に)
『刑事弁護人』
このように全体として、「若手の弁護士が創意工夫をこらして警察・検察の違法な捜査を立証していく法廷活劇」という雰囲気で、
とても平易で読みやすい文体です。
弁護士が書いた本ということでもっと小難しい感じを想像していたのですが、
サクサク小説のように読めてしまい、気づいたら読み終わっていました。
この本の中で私が印象に残ったのが以下の一文。
罪を犯したと疑われている人の権利を守ることは、自分を守ることでもある。
『刑事弁護人』
直接的に冤罪を扱った本ではありませんが、終始一貫して「国家権力は必ず暴走する。だから犯罪の捜査という大義名分があっても、個人の権利を不当に侵害させてはいけない」という強い信念を感じました。
法律の知識がなくても読めるように平易な言葉で説明してくれているので、初めて法律系の本を読む方にもお勧めです。
②弘中惇一郎著『無罪請負人』
2冊目は弘中惇一郎氏の著書『無罪請負人 刑事弁護とは何か?』です。
弘中惇一郎弁護士は、薬害エイズ事件や郵便不正事件などの有名な事件を担当し、また堀江貴文(ホリエモン)氏・小沢一郎氏・鈴木宗男氏といった著名人の弁護を担当したことで有名です。最近ではカルロス・ゴーン氏の弁護人に就任したことで話題になりました。
郵便不正事件では、検察が証拠を捏造してまで有罪にしようとした村木厚子氏の無罪を勝ち取り、逆に検察の捏造を暴いて検察に逮捕者が出るといった桁外れの活躍をし、
「カミソリ弘中」や、本書のタイトルにもなっている「無罪請負人」などと呼ばれました。
弘中氏は数々の弁護経験から冤罪事件には共通の「構造」があると言います。
冤罪事件には共通する構造がある。予断と偏見からなる事件の設定とストーリー作り、脅しや誘導による自白の強要、否認する被告人の長期勾留、裁判所の供述調書の偏重。社会的関心を集める事件では、これにマスコミへの捜査情報リークを利用した世論捜査が加わる。
『無罪請負人 刑事弁護とは何か』
この構造に巻き込まれてしまうと、嫌疑をかけられた被疑者は「有罪」に向かうベルトコンベアに乗ってしまったようなもので、簡単には抜けられません。
弘中氏の問題意識は、このように「有罪」を生み出すシステムになってしまっていること、そして弁護人が限られた権限の中でいかに被疑者・被告人に最善を尽くせるかということです。
本書の中で具体的に言及されるいくつかの事件は、どれも時代を賑わせた大事件*3です。
弘中氏は現在73歳で現在も現役です。日本の刑事司法を知り尽くした方の言葉には、厳然とした重みがあります。
③柳原三佳著『私は虐待していない』
「誰でも冤罪に巻き込まれる」という点で上の2冊より衝撃が大きいのが、ジャーナリストの柳原三佳氏による『私は虐待していない』です。
本書はある母親の体験談から始まります。ある日、生後間もない長女がベビーベッドから落下してしまう事故があった。みるみるうちに顔色が悪くなる長女、慌てて救急車を呼んだ母親は、その日のうちに虐待を疑われ、警察の現場検証を受けることに。
長女は「揺さぶられっ子症候群」だと診断され、母親は長女の頭を激しく揺さぶる虐待を加えた「虐待親」として逮捕・起訴されました。
裁判は一審で有罪となり、現在控訴審で無罪を争っているといいます。
本書を特徴付けているのは、このように我が子がケガをし、脳に障害が残り、さらに自身が虐待を加えたとして疑われ、刑事責任を問われることになったというあまりに壮絶な親たちの体験談です。
しかし本書が素晴らしいのは、感情に訴えかける体験談に終始することなく、なぜそのようなことが多数起きてしまっているのか。後半で原因を冷静に分析していることです。
分析を通じて見えてきたのは、「〇〇というケガを見つけたら、虐待の可能性がある」という医師の診断がいつの間にか「虐待に違いない」という証拠として扱われていた実態です。
さらに、法廷で検察の側に立って有罪を支持する医師の中に専門の脳外科医がほとんどいないこと、
むしろ脳の専門外である小児科医の一部によって「揺さぶられっ子症候群=虐待」という図式が出来上がってしまったといった実態です。
また虐待を防がなければいけないがゆえに少しでも虐待の疑いがあったら通報する医師の通報や証言が、本来1件も冤罪を生み出してはいけない司法で都合よく解釈・適用されている現実も垣間見えます。
これが本当のジャーナリズムだと思える、渾身のルポでした。
④佐々木健一著『雪ぐ人 えん罪弁護士 今村核』
最後に紹介するのは、佐々木健一氏による『雪ぐ人 えん罪弁護士 今村核』です。
本書はNHKの「ブレイブ 『えん罪弁護士』」の書籍化で、番組でのインタビューなどを再構成・編集して著されたものです。
今村核氏は東京の弁護士で、有罪率が99.9%のなかで14件もの無罪を勝ち取っています。番組、そして本書は並外れた無罪判決を勝ち取る弁護士の秘密に迫ろうと書かれたものです。
今村氏はプロローグで「自分をえん罪弁護士とは名乗りたくない」「えん罪を専門にやっているなんて言ったら、その先は破滅」と語ります。映像でも今村氏は終始不機嫌で、とても「自分から進んでやっている」とか「自己実現でやっている」という印象は受けません。
それもそのはず。日本では「疑わしきは被告人の利益に」なので、有罪を立証する責任は検察側にあるとされ、弁護人は無罪であることを立証する必要はありません。あくまで検察が完璧*4な立証を試み、弁護士はそのどこかを崩せば良いのです。建前上は。
しかし、日本の有罪率は99.9%です。実態は弁護人が「無罪であることを立証」しなければならないのです。
ふつうの人には突然逮捕され、つまり仕事を無くし、何年になるかわからない法廷闘争を戦い続ける資金力はありません。ましてや、「無罪を立証」してもらうために実験したり、証言を集めたりする活動に払うお金などとても用意できません。
どうしても冤罪を立証しようとすれば、そうした費用は弁護士の自費、よくてカンパでまかなう、ということになるのです。
本書では、今村核氏に密着することを通じて、こうした日本の冤罪被害者や冤罪事件を担当する弁護士の厳しい状況を明らかにしていきます。冒頭で述べた「その先は破滅」の意味です。
映像の書籍化の特徴として、あくまでスポットライトが当たるのは一人の奇特な弁護士です。
一人の人間の生き方を通じて社会の矛盾や、冤罪に巻き込まれることの理不尽さを明らかにしていく手法は、見事としか言えません。
おわりに - どれか1冊だけ読むなら
以上、冤罪について考えるときに読む本4選でした。
もしあなたが誰かの親なら、あるいは子どもを育てる仕事に就いているなら、迷わず『私は虐待していない』を読まれることをお勧めします。
ある程度法律に触れたことがあったり、刑事司法の仕組みを知っているなら『無罪請負人 刑事弁護とは何か?』がお勧めです。
抽象論より人間ドラマの方が頭に入りやすい、という方は『雪ぐ人 えん罪弁護士 今村核』がお勧めです。
普段小説は読むけれどノンフィクションは読まない、という方には(直接的に冤罪を扱ったわけではありませんが)『刑事弁護人』をお勧めします。
最後になりますが、冤罪は誰にでも起こりうる、災害のようなものです。
しかし、いかに数多くの機関や制度が関わっていたとしても、冤罪は人が作り出しているものです。その点で、自然災害と異なります。
私たちが直接的に冤罪に関わることはまれだし、できれば関わりたくない。
けれど、私たち全員が冤罪を自分事として捉え、検察や裁判所の動きに目を光らせることができれば、冤罪は減らせるかもしれない。
そのようなことを考えながら読んだ4冊でした。
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*1:弁護士紹介 | 【大阪・梅田の女性弁護士による離婚相談】 | 法律事務所 エクラうめだ 離婚弁護
*2:影響等はYahooニュースの解説に詳しいです。
*3:具体的には薬害エイズ訴訟、ロス疑惑、小沢一郎、郵便不正事件
*4:合理的な疑いを挟む余地のない程度、と言われます