東京の井戸

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三秋縋『スターティング・オーヴァー』感想

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こんにちは。東京のひとです。

三秋縋は、私が最も好きな作家のひとりです。彼が「げんふうけい」という名義でWeb上に小説をあげていた頃から、いつも更新を楽しみにしていました。

今日は、三秋縋の処女作『スターティング・オーヴァー』を紹介します。

 

Caution!    

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印象に残った言葉

あらすじ
主人公の「僕」は幸せな大学生だった。美しい恋人とたくさんの友だちに囲まれ、人望も厚く、何不自由なく暮らしていた。そんな「僕」は20歳のある日突然、10年ぶんの時間を巻き戻される。「僕」は1周目の幸せな人生をそっくりそのまま再現してやろうと決める。しかし1周目のツケを払うように、「僕」は落ちぶれていく。
 
 

僕のミスは、守りに入っちまったことだと思うんだ。たとえば持久走なんかで、百人中、いつも三番くらいにゴールする人がいるとするだろう?でも彼は、あくまで一番を目指して走っているから三番になれるんだ。仮に彼が最初から三番を目指して走っていたら、きっと七番とか九番でゴールすることになるんじゃないかな。 僕の犯したミスは、そういった類のものだったんだと思うよ。

『スターティング・オーヴァー』

 

早起きは人生をよくするっていうけど、僕からいわせてもらえば、人生がよい人は早起きをするというだけなんだな。

『スターティング・オーヴァー』

 

生きていく中で価値観を形成していくことを、絵を描く行為にたとえるとしてさ。別々の人間がそれぞれに好き勝手絵を描いて、その絵が完全に一致することがあるとすれば、それは、二人とも白紙の場合のみだと思うんだよ。あるいは想像力に欠けた、極端に平凡な絵を描いたときか。

『スターティング・オーヴァー』

 

癒しってものの根底には、「相手が絶対に自分のことを傷つけない」という安心感があるじゃないか。そういった意味では、僕にとってヒイラギは、この上ない癒しだったね。

『スターティング・オーヴァー』

 

思うにね、僕らが教室に馴染めなかった理由というのは、僕らが、「ここではないどこか」に思いを巡らせていたせいなんだ。「ここよりもっと素晴らしい場所が、どこかにある」っていう考えは、「ここ」に適応する上で、大きな妨げになるんだ。

『スターティング・オーヴァー』

 

ある種の主観的な思い出って、誰かに話した途端、そこにあったはずの魔法が失われてしまうんだ。それが僕は嫌だった。

『スターティング・オーヴァー』

 

一人でいることに慣れている人間っていうのは、誰かに合わせて歩くことを忘れる上、いつでも「今ここ」に不満を持っていて、「ここにいたくない」って思っているもんだから、歩くのがとても速い----っていうのが僕の持論さ。

…特に差し迫った用がないとき、どれくらいの速度で歩くかっていうのは、幸せの指標の一つだと思うよ。ほんとにね。

『スターティング・オーヴァー』

 

願いってのは、腹立たしいことに、願うのをやめた途端に叶うものなんだ

『スターティング・オーヴァー』

 

「私、アンチ・サンタクロースなんですよ。よい子におもちゃを配るサンタに対抗して、悪い大人に酒や煙草を配ってるんです。本当にプレゼントを必要としているのは、よい子じゃなくて悪い大人なんですよ。

『スターティング・オーヴァー』

 

今度も僕は、正しい選択ができるかどうか、試されているんだ。

『スターティング・オーヴァー』

 

自分が自分らしくないことをするのってさ、多分、人生で起こることの中で一番面白いんだよ。

『スターティング・オーヴァー』

 

三秋縋は歪んだ人を書く天才だと思う

引用が長くなってしまいました。(これでもずいぶん削ったんですけどね。)

『君の話』の感想でも少し書きましたが、私が三秋縋さんの小説で最も好きなのが、歪んだ人物の描写です。

三秋縋『君の話』感想 - 東京の井戸

根っからの人間嫌いというわけじゃないけど、人と関わるのが苦手で、気づけば酒とか煙草に逃げている青年。こういう人の内面を書かせたら三秋縋の右に出るものはそういないと思います。

本書の中にトキワが「僕」に尾行されていることに気づいて、自分の幸せな境遇を再発見する描写があります。トキワは尾行する男に自分がどう見られているかを想像することで、客観的に自分がとても幸せな境遇にいることを確認するのです。

これは幸せな方の例ですが、結局コンプレックスというものは全て、「自分は他人からこう見られているだろう」という思いこみから来ています。この思いこみを生むのは自分自身なのです。コンプレックスとは、自分で心の中に檻を作り、自らその中に入り、内側から鍵をかけてしまうことなのです。

誰しも心の中にコンプレックスの檻を持っているのです。だからそんな自分自身と葛藤する「僕」の内面が私たちの心を打つのでしょう。そして最終的に自分自身の呪縛から抜け出す「僕」の姿は希望でもあります。

「そしてもう一度、すべてをここからやり直そう。そろそろ、反撃開始といこうじゃないか」

『スターティング・オーヴァー』

 

そういえば、少しV・フランクルっぽい

読みながら、少しV・フランクルっぽい思想だなと感じました。最初は

世の中には、いい人と悪い人がいるっていうよりは、いい環境で育った人と悪い環境で育った人がいるってだけかもしれない。

『スターティング・オーヴァー』

こんな風に考えている「僕」ですが、気づけば

今度も僕は、正しい選択ができるかどうか、試されているんだ。

『スターティング・オーヴァー』

と言っています。どんな環境にあってもその場その場で正しい、人間らしい選択ができるか試されている、というのはV・フランクルっぽい力強い感じがしますね。

嫌なことへの向き合い方 -ヴィクトール・フランクル『それでも人生にイエスという』書評 - 東京の井戸

 

おわりに

個人的にはもう少しヒイラギの内面に踏み込んでほしかった気もします。

三秋縋の小説の良さは、登場人物がひねくれすぎるほどひねくれているけれど、それでも暗くなりすぎず希望があるところだと思います。

「甘い」と言われればそれまでかもしれませんが、非現実の小説の中でくらい、現実にはあり得ないような救いがあってもいい気がしますね。

『君の話』の感想もぜひご覧ください。

三秋縋『君の話』感想 - 東京の井戸