ニコラス・タレブ『反脆弱性』の書評、2回目の今日は個人の脆弱さと集団の脆弱さについて考えてみたいと思います。
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おさらい:脆さとは何か
前回の記事では、脆弱さを変化から利益やダメージをうける程度と定義づけ、変化から利益を得る性質を反脆弱性と呼びました。
タレブは著書『反脆弱性』の中で、銀行員は変化に対して脆いが、タクシー運転手は反脆いと述べています。
どういうことか見てみましょう。
脆い銀行員、反脆いタクシー運転手
銀行員はとても脆い
銀行員はふつう、大きな組織の一員として銀行という組織の一部の業務を行っています。投資信託の営業をしたり、窓口で顧客対応をしたり、貸付の審査をしたりという業務です。
いつも通り銀行の業務をしていると、銀行員はふと何かの変化を感じとります。それは、投資信託が全く売れなくなることかもしれないし、預金口座の新規開設が先月の半分になることかもしれないし、リスクが小さいと判断されてきた貸付が相次いで貸し倒れになることかもしれません。
こうした変化が一時的で部分的なものなら、何の問題もないでしょう。来月には元どおりになるのですから。
問題は現場の小さな変化が産業規模の大変化や危機のまえぶれである場合です。銀行には現場責任者、主任、課長、部長、副支店長と数多くの中間管理職がいます。こうした管理職を経由して支店長まで報告が上がることは稀でしょうし、本部にまで報告が上がることはさらに稀です。『パラノイアだけが生き残る』にあるこの一節をみてください(別の本ですみません)。
その会社のCEOは(ほかの会社のCEOも似たり寄ったりだが)、要塞のような宮殿の奥に座っている。だから外からの情報は、実際に動きがある最前線から何重もの人の層を通るうちに濾過されてしまうのである。
『パラノイアだけが生き残る』
ですから銀行は、そもそも変化を感じとる能力が著しく低いのです。変化を感じ取れないのですから、変化から利益を得ることなどできません。対して金融危機などの大きな変化で銀行が簡単に潰れてしまうことは誰もが知っています。変化から利益を得るには変化を察知する力が必要ですが、変化に翻弄されることは変化に気づかなくてもできます。銀行は銀行はとても脆いのです。
そこに勤める銀行員も、キャリアとしてはとても脆いことになります。
タレブはさらに銀行業界には危機を押さえ込もうとして逆に危機を膨れ上がらせてしまう、という悪習があると指摘します。それについてはまたの機会にして、タクシー運転手の例を見てみましょう。
タクシー運転手は反脆い
タクシー運転手は反脆い職業です。つまり変化を敏感に察知し、利益を得ることができる職業です。
タクシー運転手は会社に雇われている場合がほとんどですが、自分で走らせる場所を決めることができます。まるで自営業の商店のように、自分のビジネスに関して重要な決定をかなりの程度することができるわけです。
そしてタクシー運転手は、変化を素早く察知できるかどうかで自分の給与が大幅に変わります(会社に属する運転手でも、基本的に賃金は歩合制です)。
銀行員のように、「なんか今週半分くらいしかお客さん来ないけどまあいいか☆」というわけにはいかないのです。自分と家族を喰わせるために。
ですからタクシー運転手は、
- 自分のビジネス環境の変化への敏感さ
- 変化への対応のはやさ
のいずれにおいても雇われて仕事をしている人を大きく上回るのです。
個々の脆さと業界の脆さが一致するとは限らない
レストランは脆い
さて、ここでレストランの例を見てみましょう。レストランは脆いでしょうか。それとも反脆いでしょうか。
いっけんレストランは反脆く見えます。お客さんが減ったらすぐに察知できますし、ビジネスの規模も小さいからです。
しかし、変化への対応しやすさという点ではどうでしょうか。
ある平均客単価2000円のピッツェリアが六本木にあるとします。何かの要因で客層が変化し、街の平均客単価が2000円から1000円に下がりました。
もちろん、このピッツェリアはすぐに危機を察知するはずです。「何かがおかしい」と。彼らは色々な理由を考えるでしょう。近くにライバル店が出店したのではないか、店に続く道で工事が発生したのではないか、食べログにお金を払い忘れていて掲載が止まったのではないか。
仮に本当の理由、「街の平均客単価が半分になる」という劇的な変化が起きたことに2ヶ月で気づいたとしましょう。かなり早めに見積もって2ヶ月です。
さて、彼らはその街の変化にあわせ、定価を半分にできるでしょうか。もしできたとして、何ヶ月かかるでしょうか。その間、店の運転資金は増え続ける赤字に耐えられるでしょうか。耐えられなかった場合、銀行は追加融資に踏み切るでしょうか。
もうお気付きのことと思います。レストランは非常に脆いのです。多くのレストランの利益率は数%で、数%という利益率は街におこる様々な変化を乗りこえるのには不十分なのです。だから久しぶりに地元に帰ってみると、あんなにも多くの飲食店が看板を変えているのです。
それでも、レストランは反脆い
さて、私はレストランは変化に対して脆いと言いました。
しかし同時に、レストランは変化に対して反脆いのです。
ここでいうレストランとは、1軒1軒のレストランではありません。レストラン業界全体のことです。先ほどの例で言えば、ピッツェリアは程なく潰れるでしょうが、すぐに新しい(平均客単価1000円に最適化した)ピザ屋ができるからです。
なぜならすでにあるピッツェリアが従業員を解雇・減給し、調理設備とレシピを変更し、材料の調達先を変え、材料の廃棄率を下げるためのソフトウェアを買い、血の滲むような努力によって(実際膨大な赤字を垂れ流しながら)定価を引き下げるのは難しいからです。それに比べれば、新しいレシピと材料調達先と従業員を初めから雇う方が数段簡単だからです。そしてさらに重要なことに、新しいピッツェリアは古いピッツェリアの失敗の原因に学んでいるのです。
このようにして単価が半分になっても、六本木のピザの供給は保たれます。
レストランは個々の店舗の脆さと引き換えに業界として反脆いのです。まるで個々の細胞が耐えず新陳代謝を繰り返すことで、全体として私たちの身体の老化が食い止められているみたいに。
タクシー運転手と銀行員ふたたび
先ほどの例に戻ってみましょう。
タクシー運転手は変化にいかに対応するかが個人の給料に結びついており、レストランのように変化に対応するコストもかからないので、反脆い職業でした。
対して銀行員は高度に分業しているので、そもそも変化を察知する力が限られ、また意思決定が遅れるため脆い職業でした。
タクシー運転手・銀行員・レストランの脆さを表にしてみます。
表のタイトル | 個人 | 業界 |
タクシー運転手 | ①反脆い | ②反脆い |
銀行員 | ③脆い | ④脆い |
レストラン | ⑤脆い | ⑥反脆い |
では最後に、この表からキャリアについて考えてみたいと思います。
変化があるなら、反脆い仕事を選ぶ
ここからは私の主張。
変化のない業界はなく、変化のない職業はありません。
ですから私は、反脆い職業を選択することを常に考えています。トレーダーからキャリアをスタートし、今はWebサイトの収益化(このブログではありませんよ)を新しい仕事にしようとしています。
これから先、変化は大きくなることはあっても小さくはならないでしょう。それだけでなく、変化の質自体も異質になっていくでしょう。誰も知らなかったような変化が、誰も知らなかったほど頻繁に現れるでしょう。
だとすれば脆い職業には絶対に就くべきではない。先ほどの表で考えましょう。
表のタイトル | 個人 | 業界 |
タクシー運転手 | ①反脆い | ②反脆い |
銀行員 | ③脆い | ④脆い |
レストラン | ⑤脆い | ⑥反脆い |
①の「個人として反脆い」というのは簡単です。タクシー運転手のように、自分で自分のビジネスの舵取りを行う職業です。私の例に上げたトレーダーもWebマーケティングもここに入るでしょう。
では②や⑥の「業界として反脆い」をキャリアにするにはどうしたら良いのでしょう。
②の反脆さは①の反脆さに立脚しています。タクシー運転手全員が変化に敏感だから、タクシー会社は潰れにくいという論理です。ある仕事が②かどうかは、属する人びとが①かどうかで判断できると思います。例えば「芸能人の事務所」「タクシー会社」「家庭教師センター」「Ubereats」などがこれに当たるでしょう。
⑥の仕事は難しいですが、「食べログ」「Amazon」「カカクコム」「booking.com」など、プレーヤーが移りかわっても盤石なプラットフォームがこれに当たるでしょう。
おわりに
20歳の私にとって、キャリアを決めるというのは大きな難問に思えました。
トレーダーになることを決めた時、私は「反脆いからなろう」などと考えていたわけではありません。なんとなく向いていそうだったからなったのです。
そこには何の根拠も、客観性も、再現性も、言葉すらありませんでした。
ほぼ1年が経った今になって、素晴らしい本に出会いました。この出会いによって、私は自分の中のもやもやした思いを言葉にすることができました。そうして、新しいキャリアを一歩踏み出すことができました。本の力だと思います。
届きはしないでしょうが、私の人生にひとつ確固たる指標を与えてくれたニコラス・タレブさんへの感謝でこの記事を終えたいと思います。
以上、「個人の脆弱さと集団の脆弱さ、そして私たちのキャリア」でした。