『ピーターの法則』は「なぜ無能が生まれるのか」という問いに組織論の視点から回答を試みた画期的な書籍です。
- ピーターの法則:階層社会では、すべての人は昇進を重ね、おのおのの無能レベルに達する
- ピーターの法則2:組織の仕事は「昇進待ちの有能」がしている
- 現代の組織にも「ピーターの法則」は当てはまるか
- おわりに
ピーターの法則:階層社会では、すべての人は昇進を重ね、おのおのの無能レベルに達する
人間の能力には限界があります。そして向き、不向きがあります。
ある自動車工場でひときわ有能な工員デイヴィッドがいたとしましょう。
デイヴィッドは左前のタイヤをつける担当だったのですが、他の人の実に2倍のはやさで仕事をこなせるので、やがてタイヤ取り付け班の班長になりました。
デイヴィッドはタイヤ取り付け班の班長としても有能でした。「4つのタイヤのセクションの進行状況を正確に把握し、取り付けが早く終わりそうなタイヤから遅れているタイヤにいち早く人を動かす」というたぐいまれなる能力を持っていたので、彼の班は他の班の2倍のタイヤを取り付けることができました。
デイヴィッドが自動車を組み立てるラインの主任になるまで、時間はかかりませんでした…
これはある架空の人物が自身の有能さをいかんなく発揮した例です。では有能な工員デイヴィッドは昇進に昇進を重ね、ついには自動車会社の社長に就任してしまうのでしょうか。
そんなことは恐らく起こらないでしょう。物語の続きを読んでみましょう。
ライン全体の主任になったデイヴィッドは、引き続き班長だった頃と同じアプローチで仕事を続けました。早く終わっている工程から遅れている工程へ工員を再配置して作業を早く完了させようとしたのです。
そこで混乱が起きました。なにしろ今までタイヤの取り付けしかやったことのない工員がステアリングの組み立てを任されたり、バンパーの取り付け一筋20年の工員が革張りのシートを作らされたりしたのです。
デイヴィッドのアプローチは完全に失敗し、ラインでは次第に目標台数を生産できなくなっていきました…
このように、階層社会において、ある職場で有能な人間は昇進します。しかし昇進した先でも元の職場と同じ能力が通用するとは限りません。デイヴィッドのように運良く班長としても有能だったなら、さらなる昇進が待っているだけです。こうして、最終的にその人物が無能になってしまう職場で昇進は止まるのです。
これが、ピーターの法則です。
ピーターの法則の例外①:強制上座送り
階層社会学によれば、大きな組織の上層部には、立ち枯れた木々のように無能な人々が積み上げられていることがわかっています。組織の上層は、祭り上げられた者と、これから祭り上げられる予備軍とであふれ返っているのです。
『ピーターの法則』
既に無能レベルに達している人を昇進させることを、本書では「強制上座送り」と呼んでいます。これは階層社会を保ったり、部下の勤労意欲を高めたりするために行われるといいます。日本の企業に多そうですね。
ピーターの法則の例外②:名ばかり管理職
近年の日本にみられる「名ばかり管理職」はピーターの法則の例外といってもいいかもしれません。実際の業務は平の社員やアルバイトと同じなのに、無理やり「副店長補佐」とか「バイトリーダー」とかの役職を与えられ、給料は変わらず仕事量を増やされる見せかけの昇進です。某ファストフード店舗なんて「バンズ統括リーダー」なんて役職があるみたいですね*1。
関係ないですけど学生ベンチャーって部下もいないのに「COO」とか「チーフプロダクトマネージャー」を置きたがりますよね。
階層的厄介払い - スーパー有能の末路
さらに本書は、階層社会では階層社会を維持すること自体が目的化し、非常に有能な人物でも階層社会を脅かすという理由で解雇されると述べています。
たいていの階層社会にあっては、有能すぎる者は無能な者よりも不愉快な存在だということです。
ピーターの法則 『ピーターの法則』
「次の学年の分まで教えてしまう教師」などの例が挙げられていますが、私は漫画「正直不動産」を思い出しました。
呪い(ご利益だったかもしれません。似たようなものですね)によって正直なことしか言えなくなった主人公が、「千三つ」と言われる不動産業界で客に正直なことだけ伝える営業で奮闘する、という内容です。
この漫画には、主人公が正直なことを言ったがために会社の利益を損なったとして解雇されそうになるシーンが何回もあります。客にとっては「有能」でも会社にとっては「無能」なのですね。
ピーターの法則2:組織の仕事は「昇進待ちの有能」がしている
さて、ピーターの法則によれば、私たちは「無能レベルに達している」か「有能で昇進を待っている」かのどちらかということになります。
昇進後のポジションで無能となってしまった人物は十分な仕事をこなすことができないため、組織の仕事は「有能で昇進を待っている」人間によってなされることになります。
つまり、階層社会に所属する私たちは必ず「無能」か「いずれ無能になるまで昇進を待つ者」かのどちらにしかなれないのです。なんと残酷な法則なんでしょう。
現代の組織にも「ピーターの法則」は当てはまるか
さて、『ピーターの法則』が書かれたのは1969年です。現在までに組織のあり方も個人の働き方も大きく変化しましたし、デジタル化によってデータの管理も全て紙で行なっていた当時より格段に便利になりました。
「ピーターの法則」は階層社会でみられる社会構造なので、現在でも階層社会の構造を残している組織では見られます。役所や銀行、大企業のように、下から順に昇進していく体裁を保った組織は、いまでも残念ながらピーターの法則にとらわれていると言えます。
なにも私が役所を無能だと認定したいわけではありません。ただ、役所でよく起こることが同書で述べられている「無能の例」と一致しているのです。50年たっても、階層社会ではピーターの法則が維持されているのですね。
フリーランスや小規模な組織では、ピーターの法則を回避できる可能性も
一方で、一部の中小企業や、そもそも組織に属さずに働くフリーランスの仕事では、ピーターの法則を回避できる可能性があるからです。
ピーターの法則を回避するには、組織によって強制的に自分が無能になってしまうポジションに異動させられるのを回避するしかありません。
フリーランスではそもそも昇進という強制的な異動がありませんし、中小企業やベンチャーでは無能な人間を養う余力がないのと、比較的組織の風通しが良いことで適材適所が実現されやすいと思われるからです。
階層型以外の組織については『ティール組織』で体系的に分析されているので、追ってレビューしたいと思います。
おわりに
以上、『ピーターの法則』を読んで、自分もいずれ無能になってしまうことに絶望した、でした。
ピーターの法則は社会科学について書かれた本なので、組織や社会という点からの分析でした。しかし組織に生きる個人としては、自らの能力を十分に発揮できない「無能」の状態で生きていかなければならないというのは、かなり恐ろしいことです。
「学校不要論」でも述べたとおり、私はもともと集団行動が得意な方ではないので、就職の際は階層組織を避けようと思いました(汗)
本にはさらに、無能の烙印を押されてしまった人の内面や、ピーターの法則を回避する組織論まで踏み込んで紹介されているので、興味があったら読んでみてくださいね。
今週のお題「読書の秋」
*1:階層社会学では部下がいない管理職を「管理職の空中浮遊」と呼びます。