東京の井戸

慶應通信で学ぶ20歳の、学びと読書の記録。

『下流老人』を読んで、貧困の解決策は経済成長しかないと感じた

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少し前に話題になった『下流老人』を読んだ。本書は高齢者福祉の現場からのリポートという側面と、政策提言という側面がある。リポートは意義深いものだが、政策提言はいくぶん全体が見えていない感があると感じた。

 

紹介した本はこちら。

印象に残った言葉

想像してみてほしい。

朝、薄明かりの中で目を覚ます。カーテンの隙間から差し込んだあ朝日が、衣類やチラシが散乱したほこりっぽい6畳一間の部屋を映し出す。体が重く、思うように動けない。15分かけてようやくシミで汚れた布団から起き上がり、顔を洗う。鍋からよそった昨日の残りのご飯を少し食べ、たくさんの薬を飲む。持病があるため薬は欠かせない。しかし、薬代が高く頻繁には病院にかかれないため、もらった薬を半分にして飲んでいる。

『下流老人』

 

高齢期の2人暮らしの場合の1ヶ月の生活費平均は、社会保険料などをすべて込みで約27万円。つまり65歳になった時点で、仮に年金やその他の収入が月約21万円あったとしても、貯蓄額が300万円では約4年で底をつくことになる。

『下流老人』

 

声を上げづらい高齢者福祉の現場から、悲痛なリポート

本書はまず、悲痛な「下流老人*1」のリポートからはじまる。野草を食べて飢えをしのぐ人、うつ病の娘を支え貧困にあえぐ人。貧困の実像は私たちの想像をはるかに超える。日本の現実である。

私も親や祖父母を持ち、また自分自身もいずれ老人となる若者のひとりとして、こうしたリポートに聴き入る。一方で、「まさか自分がそうなるはずはない」とも思う。そんな私に、著者の藤田さんは畳み掛ける。

相談に来られた方々は、異口同音にこうつぶやく。

「自分がこんな状態になるなんて思いもしなかった」と。

静かに、うつむきがちに語る彼らの言葉は重い。

『下流老人』

「下流」になることが何十年も前からわかっていて下流になる人はいない。

みな何らかの想定外によって、流されてしまった先が下流なのだ。

しかし、わたしは下流老人に至るのは想定外だとは思わない。なぜなら多くの相談者に向き合うと、本人がどれだけ努力しても、下流に陥る理由があると実感しているからだ。

『下流老人』

この問題意識の先に、本書がある。

 

「知らない」という怖さ

本書を通じて語られるのが「知らない」ことの恐ろしさである。

生活保護に関する正しい知識や受給資格といった知識は、「なんとなく」しか知られていない。そして「想定外」に貧困化した人々は「なんとなく」の知識のまま制度を誤ったり、制度の利用をためらったりする。その頃には既にスマホなど情報へアクセスする手段を喪失していることも想像に難くない。

その点、第6章「自分でできる自己防衛策」などは流石というべきである。住民票がなくても生活保護は申請できる、収入があっても不足分を生活保護で受け取ることは可能、など即戦力となる知識が豊富に書かれている。

筆者は役所が“言わないと助けてくれない”、いわゆる申請主義を批判する。だが、あまねく大人の社会において、助けを求めないと手を差し伸べられないのは基本である。貧困の最後のセーフティーネットは、正しい知識かもしれない。

 

残念な政策提言

数多くの悲痛な具体例に立脚した強い問題意識と正義感によって、本書は単なる貧困の実例集を超え、社会に変革を促すまでに至った。

だが残念なことに、その政策提言は部分しか見えていない、という印象を抱かせる不十分なものにとどまっていた。

 

理想論と現実の混乱が見られる制度論

筆者自身、このように述べている。

日本にはお金がない。周知のとおり、国の借金は1000兆円を突破した。だから少ない財源をもって「どこから救済していくか」という政策の議論になる。そうなると、次にはじまるのが「高齢者のなかでもより困窮しているのは誰か」という順位づけだ。

『下流老人』

そして筆者は、このような論理を否定する。

困っている者は、みな一様に救うべき者なのだ。それは財源が豊富にある場合の理想論だと言われるかもしれないが、その理想を追求するのが政治、そしてわたしたちの役割であろう。

『下流老人』

つまり筆者は「困っている者は全員救うべきなので、シングルマザー、貧困の子供、障害者などカテゴライズして優先順位をつけるべきではない」と主張しているのだ。

だが、実際の制度は必ずしも優先順位をつけていない。生活保護は困窮している人がシングルマザーであろうと、子供であろうと(世帯単位なので厳密には子供が受け取るわけではない)、障害者であろうとあまねく支給される。障害者手帳など、特定の人々のみアクセスできる支援もあるが、それは障害者の方がシングルマザーより救われるべきだという「優先順位」をつけたことにはならない。

むしろ、「下流老人」という新たなカテゴリを世に浸透させ、そこへの支援の重要性を強調しているのは筆者なのではないか、とまで感じる。

問題なのは、「優先順位」づけにあるのではない。予算の不足にあるのだ。

 

財源の視点なき政策提言

第7章の具体的な政策提言はかなり踏み込んだ内容のものもあり、興味深いが、総じて財源という概念が欠落していると感じた。

筆者の主張する政策、特にケースワーカーの職能の強化や高齢者向け住宅の拡充、無料低額診療所の普及は、非常に財源がかかる分野であると思われる。

「下流老人」の問題の対策に充てられると思われる「社会保障費」は日本の予算で断トツの支出項目であり、その巨額の支出をもってしても間に合っていないのが、福祉の現状なのだ。

財源について述べている箇所は例えば

課税対象については 、資産や所得を総合的に含めて議論し 、取れる層から徴収することで所得の再分配機能を高め 、社会保障を手厚くしていくことが不可欠だ 。下流老人がいる一方で 、金持ち老人が大勢いるのもまた事実であり 、再分配による支えあいが必要なことは言うまでもないだろう 。しかし 、社会保障を手厚くするために再分配機能を高めれば 、資産家や高所得者は海外に逃げてしまう 、もしくは労働意欲が減退して課税効果が上がらないといった指摘もある 。これについては引き続き 、高所得者の逃げ場である 「タックスヘイブン 」の対策も含め 、グロ ーバルな視点での議論が求められるだろう 。

『下流老人』

と述べるにとどめている。

だが、日本の所得税の最高税率はOECD加盟国35か国中4位であり*2、これ以上大幅に上げる余地があるとは思えない。「資産」への課税は固定資産税や自動車の税などをのぞき一般に行われない。

タックスヘイブンも、きわめて富裕なごく一部の個人は利用するかもしれないが、普通の富裕層は利用しない。ごく一部の富裕層が利用していたとしても、増える税収は「十億円」「百億円」単位だろう。社会保障費は毎年1兆円増加している。

財源について、存在すら怪しい「取れる層」に丸投げする政策提言は、どうしても一時期流行った埋蔵金の議論のような、無責任な議論に聞こえてしまう。正直これまでのきめ細かな議論に比べて、財源に関する認識があまりにお粗末だ。

 

一部かなり独創的な提言も

一方で、生活保護の保険化、特に月100円でも名目的に保険料として納付させることで、生活保護への心理的なハードルを下げる施策など、高齢者福祉の現場を知っているからこその独創的で議論の余地が大きい提言も多くなされていた。

一般に行政の施策が心理的な面にスポットライトを当てることは少ない。だが、著者の言う通りそういった面も制度に組み込む必要はあるだろう。制度を使うのは人間なのだから。

 

経済成長がなければ人が死ぬ

さて、著者の提言は独創的かつきわめて有効と思われるものも多かったが、財源の視点など全体適合の視点が欠けていることを述べてきた。

財源の視点が不足した提言とは、極端な言い方をすれば、「高齢者福祉にはこういう改善点があるので金をくれ。その金がどこから来るかは知らん」と言っているように聞こえてしまうのだ。

そこで私はあえて、福祉を救うのは経済成長である、と述べたいと思う。

 

日本には二つの「経済圏」がある

まず、筆者は日本の高額所得者上位1%の所得全体に占めるシェアが拡大していることを格差拡大の根拠としてあげる。

この高額所得者の所得シェア拡大は先進国ほぼ全てでみられる現象*3であり、その解説は冨山和彦氏の『なぜローカル経済から日本は蘇るのか』に詳しい。

冨山和彦氏の『なぜローカル経済から日本は蘇るのか』では、世界の経済はITや精密機械、自動車など世界規模でサービスを展開する「グローバル経済圏」市場とクリーニング店や飲食店など限られた商圏でサービスを展開する「ローカル経済圏」に別れると指摘する。

「グローバル経済圏」に属する人はたとえばエンジニアなど、国境を超えた技能を持つ、日本でいう「理系」の職業が多い。飛行機のパイロットなど一部の技能職もこれに該当するだろう。

グローバル経済圏で活躍する個人は国境に捉われにくいので、有能な人材には世界的な引き抜き競争が発生する。2000年前後、中国や韓国の企業に日本企業の年俸の数倍を提示され、海を渡ったエンジニアが数多くいる。

対して「ローカル経済圏」に属する人はサービス業など、商圏が狭いので賃金水準は国や地域に依存する。

「格差の拡大」とは要するに、グローバル経済圏の賃金水準とローカル経済圏の賃金水準が乖離することを言う。

「取れる人から取れ」という論理がグローバル経済圏で通用しない理由

高齢者福祉という分野は、典型的なローカル経済圏である。賃金水準もローカルな市場原理で決まっているし、市場の外から国が政策的に介入することも多い*4

そしてさらに重要なのは、ローカル経済圏で働く人々は基本的にその国でしか働けない。

著者を含めおそらく稼働人口の90%以上はローカル経済圏で生計を立てているので、「取れるところから取れ」という論理がなりたつように錯覚してしまう。しかし、今や高収入の職はかなりの部分がグローバル経済圏にあり、しかもその領域はおそらく拡大している*5

グローバル経済圏の賃金は基本的に世界で横並びになるので、グローバル経済圏で「稼げる」人材は日本で課税が強化されれば外国へ移住するだろう。

私たちは、「税金が高くなればお金持ちは逃げてしまう」というイメージを抱きがちだ。だが、課税対象の多くは資産ではなく収入である。日本の税制は、資産家に甘く高収入の者に厳しいのだ。そして、お金持ちが逃げるよりお金を稼ぐ力がある人が逃げる方が、経済に与える影響は甚大である。

 

グローバル経済圏とローカル経済圏を接続し、経済成長でパイを増やす

とはいえ、高齢者福祉の現場が待ったなしの状態に置かれていることは明らかだし、明日の食事に困っている人がいる中で他方何十億円という金を稼ぐ人がいる状態への反感は情緒的には理解できる。

今は日本で餓死するほどの絶対的貧困は稀だが、経済が縮小しパイが小さくなれば遠からずそういう事態が起こりかねない。

だが、正直言って、今後「ローカル経済圏」の拡大は望み薄である。ローカル経済圏とはほとんど日本の内需なので、少子高齢化による人口減少の影響を正面から受けるだろう。だからローカルな経済圏は、順当にいけば縮小していく。

かと言って、グローバル経済圏は先述のとおり流動的なので、コントロールが難しい。賃金のみならず、完成品の価格も国際的に決まるので、政府に介入の余地が限られるからだ。

だから現在必要なのは、世界でお金を稼いでくるグローバル経済圏とローカル経済圏の接続を強化することであると思う。

具体的には自動車産業がわかりやすい。

自動車産業で特に根幹をなす設計やデザイン、基幹技術は世界共通で、人材も技術も完成品もグローバル経済圏のものだが、その製造を支えるのは何万点という部品とそれを作る中小の工場である。日本の自動車産業が世界で成長することは、ひるがえって何千という中小の工場を潤すことになる。

日本の部品メーカーや素材メーカーには高付加価値の技術の蓄積があるので、グローバル経済圏での稼ぎをローカル経済圏の工場にトリクルダウンさせることが重要だ。

このためにはまず、

  1. 特区制度の拡充で一部地域のみ法人税や固定資産税を大幅に減税し、グローバルな完成品の工場を誘致する。選定は物流や後背地の人口規模などから行い、地方創生にもつながる
  2. すでに活躍している日本のグローバルな大企業に日本で工場を稼働してもらうため、直接・間接の雇用への貢献度に応じた税の減免を行う
  3. グローバル経済圏で引く手数多な人材の流出を防ぎ、世界からも誘致するため、高度な技能を持つ人材には税の控除など様々な特典を与え、在留資格の要件を大幅に緩和する

と言った施策でグローバルな競争力ある人材や企業を誘致・慰留し、国内の中小企業への発注額に応じた追加の優遇措置を与える等によってローカル経済圏と接続を行う。

貧困の対策は究極的には「稼げる」環境を整備することであり、国内のお金を右から左に動かすだけでは全く不十分なのだ。

 

おわりに

以上、「『下流老人』を読んで、やはり経済成長が大切だと感じた」について述べてきた。

若干経済的な話に寄ってしまったきらいがあるが、これでいい。

「下流老人」の問題の本質は貧困問題であり*6、国内で多数派が貧困に陥っているならば、その唯一の処方箋は国全体が豊かになることである。

 

紹介した本

追ってレビューします。 今週のお題「読書の秋」

*1:生活保護水準と同等かそれ以下で生活する人という定義。センセーショナルな単語だが、筆者はあくまで経済的な面のみ述べ、高齢者を卑下する意図はない。この記事ではなるべく中立な「高齢者福祉」といった単語を用いる

*2:内閣府資料を参照http://www.cao.go.jp/zei-cho/gijiroku/zeicho/2016/__icsFiles/afieldfile/2016/09/16/28zen2kai4.pdf 

*3:例えば図録▽上位1%高額所得者の所得シェア(国際比較)のような資料がある。日本は他の国に比べると所得シェア拡大のペースは遅い。

*4:ローカル経済圏の賃金が必ずしも低いと言っているわけではない。ローカル経済圏の賃金が「国内の市場」で決定されるというだけだ。だから、ローカル経済圏にいながら高所得な予備校講師やYoutuber、芸能人の一部や弁護士、医師などといった職も限定的ながら存在する。

*5:たとえばローカル経済圏の典型だったタクシーが配車サービスUberに置き換えられたり、テレビの一部が世界的な動画ストリーミングサービスに置き換えられたり、国際会計基準の導入でアメリカの会計法人が開発したAIの導入が容易になり公認会計士が削減される、など。

*6:著者は収入・貯蓄・人間関係の不足を下流老人の特徴と述べていた。

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